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今学期のふりかえりと個人学習プロジェクトの最終報告書

          私は大学の四年間に日本語の授業を取りましたが、大学院生としてパデューに来て、やはり日本語を辞めたくない。今考えると、日本語を勉強続くのはよかった。301の内容はもう学んだことだけど、復習としても、会話の練習としても、たくさん勉強になった。特に個人学習のプロジェクトは、私にとって難しいチャレンジだった。自分が知らないことをみんなに紹介するは、日本語だけじゃなく、研究の相手や方法、発表のテクニックさえも考え必要がある。荻内先生もたくさん手伝った。いつもいつも丁寧に日本語の間違いを直させて、心強いコメントともらってほとんどにありがとうございました。一学期だけの間に、私はもっと日本語が話せる、使えるようになった気がした。            最も大事のは、みなさんと一緒に日本語で話す時の楽しさ。  個人学習プロジェクト最終報告 タイトル「 駄菓子」 起 (introduction):トピックの説明、選んだ理由  私が「駄菓子」を選んだのは、子供の時たくさん駄菓子を食べたからだ。しかし、私は中国の駄菓子を食べるだけで、日本の駄菓子を全然食べたことがなかった。だから、今回の個人学習のプロジェクトで、日本の駄菓子のことを勉強して、それから日本の駄菓子と私が食べた中国の駄菓子の共通点と違いを探す。 承 (content 1):今学期の成果(調べたこと、分かったこと、学んだこと、など)  まず、「駄菓子」の定義を調べた。「駄菓子」の「駄」は価値が低いという意味で、駄菓子はお菓子の一種類で、値段が安いという特徴がある。このような理由から、あまりお金がなくて、お菓子が好きな子供たちに大人気の商品だ。駄菓子のもう一つの特徴は、和菓子と比べるとそんなに綺麗ではないことだ。駄菓子は、最初は元禄年間(1688-1704)の大阪で、当時値段が高い砂糖の代わりに安い黒砂糖を使って作られた菓子だった。その後「駄菓子」と呼ばれるようになった。黒砂糖を使っているから、白い和菓子と比べるとそんなに綺麗ではない。  そして、たくさんの駄菓子の中で、とても有名な駄菓子を探して調べた。その一つは「ポテトフライ」だ。子供たちは特に揚げ物が好きだから、揚げた...

食べ物の思い出

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            私は15歳のごろ、母は学者として「オクラホマ州立大学」に訪問した。父と母はずっとアメリカの教育がいいって聞いたから、私も連れて行かせた。しかし、オクラホマ州にいた一年間は私にとってとても辛かった。その時は英語がうまく話せなかったが、性格もとても内向的な高校一年生の私は何も嬉しいことがなかった。           暗い生活の中にただ一つの慰めはカフェテリアの「corn dog」ーーアメリカンドッグだった。他の食べ物は全部嫌いだったが、それだけは嫌いじゃなかった。ソーセージの表面に甘くて柔らかい衣が被って、マスタードをつけて食べると一日の不愉快を治せるようだ。しかし、朝だけ売ってるのはとても残念だった。 アメリカンドッグ           私はその一年後家に帰った。中国の高校に行って、後はまだアメリカに留学した。その一年のような気持ちは二度としなかった。アメリカンドッグもそれからは一度も食べたこともなかった。今思えばそんなに美味しい食べ物ではないけど、その時の私は力をたくさんくれた。