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今学期のふり返りと個人学習プロジェクト

  日本語302をいよいよ終わりました。前学期に比べて授業もプロジェクトももっと難しくなって、たくさん勉強になりました。授業中はいつも楽しかったから、授業が終わってちょっと残念でしたが、日本語401をもっとお楽しみです。荻内先生もいつも優しくて授業を真面目に準備します。日本語のクラスをとってよかったです。  302のクラスメートたちと話す時はずっと楽しくて新しい知識を得ます。クラスメイートになってよかったです。他の勉強に頑張りましょう。  個人学習プロジェクトの最終報告書です。 タイトル「日本のバブル景気とバブル崩壊」 起 (introduction):トピックの説明、選んだ理由  文化は経済と繋がっている。日本文化を学ぶために、日本の経済も勉強すべきだ。1980年代から日本の経済は急速に発展し、人々の生活も大きく変わった。だから、そのバブル期とバブル崩壊を勉強して、日本社会と日本文化をさらに詳しくなりたい。 承 (content 1):前半(中間報告まで)と後半の成果  まず、バブル経済が起こった要因を調べた。1985年の「プラザ合意」をきっかけに、円高が急速に進んだ。景気を支えるために、日本銀行は金利を下げた。その結果、お金が借りやすくなり、投資が増えていった。そして、「まだ景気はよくなる」という人々の楽観的な考えが広がり、バブルはさらに大きくなっていく。  バブルは人々の生活に変化を与えた。例えば、文化面では、まず音楽が挙げられる。ドライブのBGMとして、「シティポップ」が人気を集めた。FMラジオで新曲をチェックし、CDが次々とヒットした時代であった。そして、メディアにも影響があった。家庭ではテレビが中心となり、家族で楽しむ番組が人気を集めた。同時に、ファミコンの流行によってゲーム文化が一気に広がった。企業は派手なCMを使い、消費と娯楽が強く結びついていった。ファッションの面では、百貨店でのデートが一つのスタイルであった。ブランドバッグは実用品というだけでなく、ステータスの象徴でもあった。この時代は「見せる消費」という言葉のように、雑誌や広告で最新のトレンドを確認し、それに合わせて行動する人が多かった。夜の文化も大きな特徴であった。週末にはディスコで踊ることが一つの定番となった。また、カラオケが広まり、友だちや同僚と集まる機会も増えた。そして、終電間際...

外国からきた私の国のもの

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唐辛子は十六世紀ごろメキシコから中国に輸入した。その後、中国 各地 の重要な香辛料として使われている。とくに四川省と湖南省は、小さいこともから年寄りの人々に 至る までに、誰だも唐辛子をかけた辛い料理を食べる。 唐辛子は中国に輸入した後、中国人のテイストに合わせて、数多くの種類を育てられた。原産地のメキシコの種類より、色と香りはもっと中華料理に相性がよい。 唐辛子のおかけで、四川料理は中国だけでなく、世界中で人気が高い。アメリカにも、辛い四川料理のレストランも 少なくない 。興味があれば、絶対に食べてみてください。 小米辣 灯笼椒 二荆条

学校の思い出

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中国の高校はだんだん日本の高校の影響を受けて、修学旅行や、学園祭なのど行事を始めっています。私は高校生の時に二つの修学旅行にしたことがありました。 前者 は西安市に行って、兵馬俑と華清池を見学し、 後者 は湖北省の色々な場所に行きました。本当は 行っても行かなくでも いい活動でしたが、クラスメイトと友達と一緒に一週間の旅行はとても楽しから行かなかった人はほとんどいませんでした。いつもの授業や運動などの校内生活と違って、学校生活 以外 のクラスメートと先生と過ごし時間は強く印象に残しました。 兵馬俑

個人学習プロジェクト中間報告

個人学習プロジェクト中間報告 *タイプで、「だ体・である体」で、1,200字以上書く。 タイトル「日本のバブル空気」 起 (introduction):トピックの説明、選んだ理由 文化は経済と繋がっている。日本文化を学ぶために、日本の経済も勉強すべきだ。1980年代から日本の経済は急速に発展し、人々の生活も大きく変えた。だから、そのバブル期を勉強して、日本社会と日本文化をさらに詳しくなってほしい。 承 (content 1):今までの成果(調べたこと、分かったこと、学んだこと、など) まず、バブル期の原因を調べた。1985年のプラザ合意のきっかけに、円高が速く進んだ。景気を支えるために、日本銀行は金利を下げた。その結果、お金が借りやすくなり、投資が増えていった。そして、「まだ景気はよくなる」という人々の楽観的な考えが広がり、バブルはさらに大きくなっていった。 バブルは人々の生活に変化を与えた。例えば、文化面では、まず音楽が挙げられる。ドライブのBGMとして、シティポップが人気を集めた。FMラジオで新曲をチェックし、CDが次々とヒットした時代であった。 そして、メディアにも影響があった。家庭ではテレビが中心となり、家族で楽しむ番組が人気を集めた。同時に、ファミコンの流行によってゲーム文化が一気に広がった。企業は派手なCMを使い、消費と娯楽が強く結びついていった。 ファッションの面では、百貨店でのデートが一つのスタイルであった。ブランドバッグは実用品というだけでなく、ステータスの象徴でもあった。この時代は「見せる消費」という言葉のように、雑誌や広告で最新のトレンドを確認し、それに合わせて行動する人が多かった。 夜の文化も大きな特徴であった。週末にはディスコで踊ることが一つの定番となっていた。また、カラオケが広まり、友だちや同僚と集まる機会も増えた。そして、終電ぎりぎりまで遊ぶような都市生活が、当たり前になっていた。 食の面では、少し高級なレストランに行くことが、特別なことではなくなった。同時に海外旅行ブームが起こり、短期旅行も普通なものになった。出発前にはグルメ雑誌で情報を調べ、帰国後にはおみやげを配る文化も広がった。このように、体験そのものを楽しむ消費が強くなっていった。 若者と仕事の面を見ると、就活では売り手市場の雰囲気が強い時期であ...

ゲームセンター

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     好きなポップカルチャーはゲームセンターです。小学生の時週末に時々デパートの中のゲームセンターに行きました。2ドル に当たる コインを買って、それぞれのゲーム機に払われました。当時あまりゲームをする機会がない私にとって、めちゃくちゃ楽しでした。     ゲームセンターでは色々なゲームができます。激しいシューテイングゲームや、レースゲムだけでなくで、ダンスや、UFOキャッチャーなどのリラクスできるゲームもたくさんあります。 その上 、ゲームで高い点数を目指すめるプロ さえ 楽しめるので、ゲームセンタで集まる人はいつも多いです。     今はほとんど家でコンピュータゲームをするので、ゲームセンタにはもう行きません。そして、アメリカのゲームセンターは日本と中国より小さくて、ギャンブルのゲーム機が多過ぎるから、あまり好きじゃないでず。

清明

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          昔は、中国人が一年間を二十四分にして、「二十四節気」になります。一年中に二十四の気候があるという意味です。そして、「清明(せいめい)」は二十四節気の第五です。中国人はその日に先祖のお墓に参り、お墓を掃除して、黄色い紙で作った死んだ人が「地府」で使うお金を焼きます。こうすると、先祖は別の世界でそのお金がもらえるそうです。宗教的な行事ではありませんが、「地府」、死んだ人のお金は中国の伝統的な「道教」と繋がっています。           今は、「清明」はお墓参りの日だけでなくて、春の遠足の日です。しかし、その日に旅行する人が多過ぎで、私はほとんど家にいました。
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  1)ジャシン・リーです。中国の北京から来ました。専攻は数学です。暇の時はゲームをします。旅行や料理、歌でも好きです。   2)冬休みには中学校の友たちと「mammoth cave」というナショナルパークに行きましった。地下のとてもなかい洞穴で、とても面白かったです。   3)みなさんと仲良くしよ。   4) シカゴの隣のビーチ   5) 個人学習プロジェクトの計画            a. バブル崩壊   b. 日本近代の大きい事件について興味があるからです。   c.    バブル崩壊はどんな事件とその影響、それから学べることを分かりたい。   d. 論文からの資料とデータ、インタネットサッチ   e. 発表の前の週に頑張ります。   f. 楽しみにしています。