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9月, 2026の投稿を表示しています

私の中のステレオタイプ

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私の中にあったステレオタイプは、「成功者ならこうする」という思い込みです。成功する学生なら学校のルールを守って、成績がいい人、大学生になるとたくさんサークルに入って、友達がいっぱいいる人、そして、卒業したらすぐ給料が高い仕事をすればもっと成功になります。 しかし、一人ひとりによって成功の定義は違います。昔は、私は「成功」という概念がよく分からなくて、「成功者」の先生と両親、それとテレビと小説にいるモデルは成功の唯一の形だっと思い込みました。しかし、成功を教える人は全部成功者なわけじゃなく、他人としての成功は自分と違うかもしれません。例えば、高校の時のクラスメートは成績はトップじゃなく、ステレオタイプな「いい子」ではなかったけど、今デザインを勉強して成功なタトゥーアーティストをしています。 自分はどんな人になりたいのは最後まで自分で探る物です。自分らしくない人になることは辛いですから。小さい頃私は成功になるため、好きじゃないピアノのレッスンに通い続けさせられました。しかし、両親は楽器も弾けられないし、音楽も分かりませんでした。私をピアノを勉強させるのはいい子供のステレオタイプでした。その結果、よくないピアノの先生に勉強して、ピアノの興味がなくなりました。それに対して、今は自分で歌うことに興味があることを発見して、自分で声楽のレッスンを受けています。他の例も色々ありますが、大事なのは他人だけの意見を全部受けることじゃなくて、自分の道を探ることだと思います。それこそ「成功者」というステレオタイプに気をつける方法です。

心に残る音楽

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私の音楽の好みは昔と比べてずいぶん変わって来ました。今気が軽い、メロディが美しい音楽をよく聞きますが、小学生の頃は激しい、ちょっとうるさいロックが大好きでした。今でも大切な思い出は、友達と学校から家に帰る途中、街の人が注目されるぐらいに大声で汪峰(ワン・フォン)の歌を歌いながら歩くことです。 好きなアルバムの一つ 汪峰は中国の歌手で、2010年頃中国の最も人気があるロック歌手とシングルライダーの一人でした。汪峰の歌の一番大きいテーマは、時代の波の中に頑張っている人だちでした。2000年には経済の発展期で、大勢の人は田舎から大きい都市に向かって、仕事を探しに行きました。知らない環境、未来への不安、そして自分の努力と新しい生活を作られる信念を激しい、感情を揺さぶるロックで表現しました。小学生の私は、引っ越したこともなかったし、生活のために頑張って働くこともなかったけど、なんとなくその歌の精神と気持ちがすごく分かると思っていました。そして、ロックを通して、私はもう大人が守られている子供じゃなく、格好よく生活について自分の意見があるという人だと周りの人に伝えていました。 「北漂(ペイヒョウ)というのは、北京で漂泊している人達です。 汪峰の歌の 一番大きいテーマです。似ている言葉は「海漂」--上海で 漂泊している人達です」 しかし、中学生になってから、私はもうロックに興味がなくなりました。本当の智慧をもつ人は、静かにいて物の本質を見られる人だと思っていました。だから汪峰の歌の代わりに、他の音楽を聞き初めました。ロックを聞いても、うるさいしか感じられませんでした。 今の私は再びロックに好きになりました、以前と比べて違う気持ちで。今年は留学の第8年目になりました。留学している年月は、まさに汪峰の歌のように、昔と全く違って、家も家族もなく、未来も見えない生活でした。今こそそれらの歌の思想と気持ちを分かるべきだが、小学校の時のようにロックで自分の独立を表す気がもうしません。今は時々汪峰の歌を聞く時、ロックの精神らかではなく、子供の時の幸せ、何でも考えなくてもいい生活の思い出から元気になります。そして、これからもロックと汪峰は心に残る音楽になるでしょう。 PS:もし汪峰の歌を聞きたいなら、こちらはリンクです。https://youtu.be/Lan3mC7r5Kg?si=kyLT312...

オシラサマ

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  私は日本神話、特に神話の由来に興味があります。このクラスで天岩戸と浦島太郎の神話を勉強しましたね。天岩戸の由来はとてもわかりやすくて、多分日食ですよね。しかし、浦島太郎の由来はなんですか。そもそも、その神話はとても不思議ですよね。一般人の浦島太郎は、海の中の竜宮城に行って、そこに住んでいる乙姫に出会って、そして家にもとって世界はも長い年月も過ぎました。どうしても説明できませんね。 その答えは、夏休みにありました。それはゲーム「伊勢人魚物語」のおかげです。このゲームは、以前の信仰と生活で「浦島太郎」の伝説を説明しました。昔の人は、神様がせんでいる世界と死んだ後の世界「黄泉」の時間はと私たちの世界の時間は違うっと信じています。そして、竜宮城は、人の世界と黄泉の扉です。だから、竜宮城で数日を過ごしても、本来の世界はもう何十年も過ぎました。 乙姫は海に住んでいるから、人魚です。人魚と昔の生活はどんな関係がありますか。昔は、島に住んでいる人は「海女」という海に潜って貝類や海藻をとる仕事をしていました。人は海女の姿を見て、「これは人魚だ」って間違えて、これは人魚の伝説の始まりという可能性があります。 私はこのプロジェクトで同じようなことをしたいです。つまり、神話の内容だけじゃなくて、神話の由来と人々の信仰と昔の生活の関係を探りたいです。オシラサマは、女の人と馬の悲恋の話です。浦島太郎のように、オシラサマの神話は同じく不思議だから、オシラサマの神話を選びました。このプロジェクトに通して私は四つの質問を答えたいです。1、オシラサマの神話にの内容はなんですか。なんのバリエーションがありますか。2、オシラサマの神話で人のどんな信仰がわかりますか。3、オシラサマの神話と人々の生活にどんな関係がありますか。4、どうやって養蚕文化からオシラサマの神話を生み出しましたか。このプロジェクトの成果に楽しみにしています。参考資料はオシラサマが載せる「遠野物語」とインタネットサーチです。

「注文をまちがえる料理店」の感想

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日本語のクラスで「注文を間違える料理店」について勉強しました。落ち込みがちの認知症の方たちは、間違えても大丈夫な環境のおかけて、再び「生きる喜び」を感じました。だから、この企画はとてもいいだと思います。 しかし、「注文を間違える料理店」からこそ、間違えても大丈夫です。この企画に参加した認知症の方たちは同じ間違えをしたら、また落ち込むでしょう。「人生は暗い」と思ったからこそ、その企画で感じた喜びは「生きる喜び」と言えます。企画が終わって、社会は何も変わっていないと、認知症の方たちにとって何も変えません。だから、ホームページに公式したのように、認知症の理解促進と「ま、いっか」の気持ちを世界中に広げることこそは、企画に参加した認知症の方たちだけでなく、世界中の認知症の方たちの関心になれます。